死への旅路
85歳になる父親がいる。
母が父の意識がはっきりしているうちに会いにこいというので、新幹線に乗り会いに来た。
父は全然しゃべらず、ずっとベッドに腰かけてうつむいているか寝ている。食べる事もあまりせず、動く時はトイレにいく時だけである。
夜は夜で何回もトイレに起き、そのたび母が世話をしている。
死を迎えるまでには、まだ時間が残されているのかもしれないが、意識は内側に向かって行く。
その過程にとても興味がある。
父は何を思い、何を感じているのだろう。
何も語らないので分からない。
病院での手術を断り薬も一切飲まない。
その辺は自分の意思を貫いているが、母には迷惑をかけている。
行政の支援を受けたり病院を利用したりする事で、今の苦しみから多少は解放されよう。
あえてこの状況を受け入れている両親の姿は長年連れ添った夫婦の、2人の精神的な顛末を観ているようである。
数年前から身体の異常は薄々感じていた。
それでも何とかなるとたかをくくっていたが、症状はゆっくりと悪くなっていった。
単なる老化かと思っていたが、そうでもないようだ。身体には十分気をつけてきた。それでも悪くなっていくのなら仕方がない。
外の世界への興味は薄れ、食べ物への執着さえ消えていく。
快的か不快かの感覚だけが残る。
時間は意外と早く過ぎて行く。
特に父に会いたいとも全然思わなかった。
生きているうちにと会わせておきたかったと母は言うが、会った後でも特に会っておいて良かったとも思わない。
ただ一緒に暮らしてきた母の不安と覚悟だけは伝わって来た。